
グレート・ジンバブエ遺跡(大ジンバブエ国立記念物)は、ジンバブエ共和国の首都ハラレから南方300kmのジンバブエ高原の南端、サビ川の上流の標高約1000mに位置する大規模な石造建築遺跡の名称である。ジンバブエとは、ショナ語で、首長、王の宮廷の意味を含んだ「石の家」という一般語であるため、特定して最も大規模で著名なこの遺跡を指すときは、語頭に「グレート」を付けるのが慣例となっている。


グレート・ジンバブエ遺跡の解釈には、19~20世紀の人種差別問題が色濃くにじみ出ている。
19 世紀のずさんな発掘調査では、薄弱な根拠から石積みによるエンクロージャーなどの優れた建築物は、現地アフリカの人々ではなく、西アジアやアラブの人々の手によって建設されたものであり、アフリカ人によって衰退した、という説が唱えられた。その背景には、白人が至上の存在であり、黒人は退廃の象徴であるとする人種差別が背景にあったことは想像に難くない。
20世紀に入り、デイヴィッド・ランダル・マッキーヴァー、ガートルード・ケイトン=トンプソンなどの考古学者の手によって、緻密な発掘調査が行われ(両者はエジプトでの発掘調査でも有名)、ケイトン=トンプソンはグレート・ジンバブエを築いたのがこの地に住んでいたアフリカ人であり、彼らが優れた技術・文化を有していたことを主張した。当然、これについては白人側から大きな批判を受けたようである。当時のローデシア政府はアフリカ人のナショナリズムを鼓舞する象徴としてグレート・ジンバブエが取り上げられることを恐れ、公式的には「謎につつまれている」という見解を表明していた。
しかし、1980年のロバート・ムガベによる黒人多数政権の台頭によって、こうした学術的な成果が受け入れられるようになっていったのである。
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