2010年8月29日日曜日

バグラティ大聖堂とゲラティ修道院(グルジア):2010年登録危機遺産

Bagrati Cathedral and Gelati Monastery (Georgia)

再開発プロジェクトの一環として遺産の範囲内で行われた不可逆の改変によって、遺産の統一性と真正性が損なわれる危険があるとされた。

バグラティ大聖堂は、グルジア統一王国の最初の王バグラト3世の名前にちなんでおり、その建設は10世紀末に始まり、11世紀初頭に完成した。ゲラティ修道院は、主屋が12世紀から17世紀の間に建てられており、荘厳なモザイクと壁画のある保存状態の良い複合体である。この大聖堂と修道院は中世グルジア建築の開花の象徴といえる。

世界遺産オンライン事典のページ
http://worldheritage.is-mine.net/r00426.html
(英語)http://worldheritage.is-mine.net/r00415en.html

2010年8月28日土曜日

2010年に危機遺産に登録された世界遺産のリスト

2010年に危機遺産リストに登録された世界遺産
(各遺産名は世界遺産オンライン事典へのリンクになっています。)


バグラティ大聖堂とゲラティ修道院(グルジア)
(英語)Bagrati Cathedral and Gelati Monastery (Georgia)

アツィナナナの雨林(マダガスカル)
(英語)Rainforests of Atsinanana (Madagascar)


カスビのブガンダ王国歴代国王の墓(ウガンダ)
(英語)Tombs of Buganda Kings (Uganda)


エヴァグレーズ国立公園(アメリカ合衆国)
(英語)Everglades National Park (United States of America)

ロシア プトラナ高原

Putorana Plateau

世界遺産「プトラナ高原」はプトランスキー州自然保護区に一致しており、中央シベリア北部のプトラナ高原の中心に位置している。また、場所は北極線からおよそ100km北にある。世界遺産リストに記載された高原の一部は亜寒帯、寒帯の孤立した山岳地帯における完全な生態系となっており、タイガの原生林、森林ツンドラ、ツンドラや寒帯の砂漠のシステム、人の手のはいっていない冷水湖や水系などが含まれている。主要なトナカイの回遊路がこの遺産の範囲を横切っており、この自然現象は他に例がなく、大規模で、より希少になってきている。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

ユネスコ世界遺産センターのページ
http://whc.unesco.org/en/list/1234

世界遺産オンライン事典のページ
http://worldheritage.is-mine.net/r00912.html

2010年8月27日金曜日

レユニオン島

Pitons, cirques and remparts of Reunion Island

世界遺産としてのレユニオン島の範囲は、レユニオン国立公園の核心地域と一致している。この遺産は10万ヘクタール、レユニオン島の40%の範囲である。レユニオン島はインド洋の南西に位置する2つの隣接する火山による山地から成っている。2つの高い火山が聳え立ち、巨大な断崖や3つの崖で縁取られた圏谷があることから、この遺産は極めて起伏に富んだ地形や壮大な急斜面、森林になっている渓谷や盆地があり、特筆すべき景観を有している。多種多様な植物の生息地になっており、高い固有性を示している。亜熱帯雨林があり、雲霧林と荒野は顕著な、そして視覚的にも人目を引く生態系と景観のモザイクを生み出している。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

ユネスコ世界遺産センターのページ
http://whc.unesco.org/en/list/1317

世界遺産オンライン事典のページ
http://worldheritage.is-mine.net/r00911.html

2010年8月26日木曜日

フェニックス諸島保護地域

Phoenix Islands Protected Area

フェニックス諸島保護地域は南太平洋の408,250平方キロメートルに渡って広がる、水生、陸生生物の生息地である。この遺産はキリバスの3つの諸島のうちの1つ、フェニックス諸島を包含しており、指定されているものでは世界でも最大の海洋生物保護地域である。フェニックス諸島保護地域は人の手の入っていない、世界で最も大きなサンゴ礁群生態系の内の1つであり、14の海山(死火山と推定されている)と深海の生物の生息地がある。この地域にはおよそ800種の植物があり、そのうち200はサンゴの種で、500が魚類、18の海洋哺乳類と44が鳥類である。フェニックス諸島保護地域の生態系の構造と機能は、これらが原生であることと、回遊路、巣としての重要性をよく示している。この遺産はキリバスで初めて世界遺産として登録された。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

ユネスコ世界遺産センターのページ
http://whc.unesco.org/en/list/1325

世界遺産オンライン事典のページ
http://worldheritage.is-mine.net/r00910.html

丹霞山(中国丹霞)

China Danxia

中国丹霞は、内的営力(隆起を含む)と外的営力(風化や浸食を含む)の影響によって発達した大陸の赤色の陸源性堆積物で構成された景観に対して、中国で付けられた名前である。この遺産は中国南西部の亜熱帯地域にある6つの地域で構成されている。これらは壮観な赤い断崖と自然の浸食作用によって形作られた地形が特徴的であり、自然の柱、塔、峡谷、渓谷や滝などが含まれている。このような起伏に富んだ地形は亜熱帯の広葉樹林を保護するの役立っており、多くの種類の動植物の生息地にもなっている。そのうち400種は、希少種か絶滅危惧種である。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

ユネスコ世界遺産センターのページ
http://whc.unesco.org/en/list/1335

世界遺産オンライン事典のページ
http://worldheritage.is-mine.net/r00909.html

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2010年8月25日水曜日

ブラジル サンクリストーヴンのサンフランシスコ広場

São Francisco Square in the Town of São Cristóvão

ブラジルのサンクリストーヴンにあるサンフランシスコ広場は、初期の建築であるサンフランシスコ教会と女子修道院や、サンタ・カーサ・ダ・ミゼリコルディア、この地域の宮殿と、付随する様々な時代の住宅によって囲まれた四辺形の空間である。記念建造物の集合や18、19世紀の住宅群は、この街の始まりから現在に至る歴史を象徴する都市景観を生み出している。フランシスカンの建築の複合体は、北東ブラジルで発展した宗教思想による建築の、典型的な例とされている。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

ユネスコ世界遺産センターのページ
http://whc.unesco.org/en/list/1272

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2010年8月20日金曜日

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2010年8月19日木曜日

オアハカの中部渓谷にあるヤグルとミトラの有史以前の洞窟

Prehistoric caves of Yagul and Mitla in the Central Valley of Oaxaca

この世界遺産は亜熱帯のオアハカ中心部、タラコルラ河谷の北の斜面に位置しており、2つの先スペイン期の考古学的複合体と一連の先史時代の洞窟と岩陰の遺跡から成っている。これらの岩陰遺跡のいくつかは考古学や岩絵による、遊牧的な狩猟採集民から初期農耕民への発展に関する資料となっている。洞窟の1つ、ギラ・ナキッツから発見された10000年前のウリの種はアメリカ大陸で発見されている最も古い栽培植物の証拠であり、同じ洞窟から発見されたトウモロコシの穂の軸は、トウモロコシ栽培の記録されている最も古い資料である。ヤグルとミトラの先史時代の洞窟に見られる文化的景観は、人間と自然のつながりが北アメリカにおいて植物栽培の起源となり、メソアメリカ文明を生み出す下地になったことを示すものである。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

ユネスコ世界遺産センターのページ
http://whc.unesco.org/en/list/1352

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http://worldheritage.is-mine.net/r00892.html

カミーノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ

Camino Real de Tierra Adentro

カミーノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロは「大地の中にある王の道」であり、「銀の道」としても知られている。メキシコのメキシコシティーからアメリカのテキサス州とニューメキシコ州を結ぶ2600kmの道であり、55の遺跡がある。この一部である1400kmの範囲が世界遺産に指定されており、世界遺産を構成しているサイトが5つある。この道は16世紀の中ごろから19世紀の300年間に渡り、主にサステカス、グアナファト、サン・ルイ・ポトシの鉱山から採掘された銀、ヨーロッパから輸入された水銀を輸送する交易路として活発に利用された。銀採掘産業によって開発され、整備された道ではあるが、スペインとアメリカインディアンとの社会、文化、宗教のつながりを生み出す触媒となった。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

ユネスコ世界遺産センターのページ
http://whc.unesco.org/en/list/1351

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http://worldheritage.is-mine.net/r00907.html

17世紀に建設されたアムステルダム・ジンフェルグラハトの運河網

Seventeenth-century canal ring area inside the Singelgracht, Amsterdam

アムステルダムの歴史的な運河網は、16世紀末から17世紀の初めにかけて建設された、新しい港湾都市プロジェクトによって生まれたものである。歴史的な旧市街の西と南に繋がる運河網と旧市街を取り囲む中世の港によって構成されており、市の内陸にある城壁による境界、ジンフェルグラハトが含まれている。これは、同心円の円弧状の運河によるシステムを用いて沼沢地の排水を行い、その間を埋めることで街を拡大していくという、長期に渡るプログラムの一環であった。この地域には切り妻造りの屋根を有する家々や多くの記念建造物を含む、首尾一貫した都市景観が育まれている。この都市の発展は当時最も広大で、かつ一様であった。大規模な都市計画のモデルとして、19世紀に至るまで世界で模範となっていたのである。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

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世界遺産オンライン事典のページ
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iPhone、iPad向けアプリ「Fotopedia」

世界遺産の2万点の写真と説明を見ることができるiPhone、iPad向けアプリ「Fotopedia Heritage」がリリースされているようです。ユネスコ世界遺産センターが協力している模様。

Fotopedia Heritage

2010年8月18日水曜日

熊野古道で「牛馬童子」の頭部がバス停ベンチでみつかる

世界遺産の紀伊山地の霊場と参詣道に含まれている熊の古道で2008年6年に「牛馬童子」の石像の首が切断された事件があり、首が行方不明のまま修復がなされていましたが、その首が和歌山県田辺市のバス停のベンチで発見されたようです。

詳細は下記リンク

熊野古道:「牛馬童子」の頭部か 和歌山・バス停ベンチに


世界遺産オンライン事典:紀伊山地の霊場と参詣道

2010年8月17日火曜日

アルビの司教都市

アルビの司教都市はフランス南西部のタルン川の辺に位置しており、この古い街は中世の建築と都市の集合体の全盛期の面影を残している。古い橋(ポン・ヴュ橋)、サン・サルヴィ地区やそこに建つ教会はこの街の初期の発展段階(10〜11世紀)をよく示している。13世紀に南フランスで盛んだった異端アルビ派(カタリ派)を征討するためにローマ教皇インノケンティウス3世によって呼びかけられたアルビジョア十字軍を経て、司教都市として力を強めていった。赤とオレンジ色が特徴的な地元の煉瓦を利用して建てられた南フランスの独特のゴシック様式の、高くそびえる要塞化された大聖堂(13世紀末)が街のそこかしこに存在しており、復興したローマカトリックの聖職者の権力をうかがわせる。聖堂の傍には主教のための巨大なベルビ宮殿があり、川を見下ろす位置にあり、中世にまで遡る居住区に囲まれている。アルビの司教都市は首尾一貫とした、同質の記念建造物の集合であり、何世紀にも渡って大きな変化もなく残存する地域となっている。

ユネスコ世界遺産センターのページ
http://whc.unesco.org/en/list/1337

世界遺産オンライン事典のページ
http://worldheritage.is-mine.net/r00905.html
(英語)
http://worldheritage.is-mine.net/r00905en.html

2010年8月13日金曜日

ホームページの英語バージョンをリリース

ホームページ「世界遺産オンライン事典」の英語版を作成しました。
English Version was released!

World Heritage Online

It's not just the Encyclopedia of UNESCO World Heritage, but also you can add the comments to each site pages by the account of twitter etc. Any comment will be appreciated!

日本語版の上にある小さいメニューの「世界遺産トピックス(ブログ)」、「お問い合わせ」のならびに、「English」というリンクを新たに追加しています。
ここから、英語版のトップページにアクセスできるようになっています。

サイト内検索ボックスを追加

このブログと本家の「世界遺産オンライン事典」を横断して検索できるサイト内検索を設置しました。

このブログでは左上のメニューに検索ボックスがあります。

世界遺産オンライン事典では50音から遺産を探すことができますが、世界遺産の名称は長いものがあって、キーワードはわかっていても最初に来る文字が何かわからないことがあります。

この検索ボックスを使えば、キーワードから目的の世界遺産を探すことができます。

ぜひ試してみてください。

2010年8月12日木曜日

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8月12日まで、パリのホテルを最大40%オフ、一泊宿泊無料などのキャンペーンです。

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2010年8月11日水曜日

サラズム

Proto-urban site of Sarazm

サラズムとは「大地の始まるところ」を意味しており、紀元前4000年紀から3000年紀末までの中央アジアにおける人類による居住の発展過程を示す考古学遺跡である。遺跡は初期の都市化の発展過程をよく表している。中央アジアでも最も古いものの1つである居住地は、遊牧民による畜牛の飼育に適した山間や、この地に初めて居住した人々による農耕・灌漑の発展に貢献した広い渓谷に位置していた。またサラズムは極めて広い範囲で商業的・文化的交流が行われていたことを例証している。その範囲は中央アジアのステップ、トルクメニスタンからイラン高原、インダス渓谷、さらにはインド洋にまで及んでいる。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

ユネスコ世界遺産センターのページ
http://whc.unesco.org/en/list/1141

世界遺産オンライン事典のページ
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2010年8月10日火曜日

少林寺塔群を含む河南省登封の”天地之中”歴史建築群

Historic Monuments of Dengfeng in "The Centre of Heaven and Earth"

嵩山(すうざん)は中国の聖山の中心と考えられている。この標高1500mの山の麓、河南省登封市付近の40平方キロメートルの円状の地域の中に、8つの建築と遺跡の集合体がある。その中には残存する中国で最も古い宗教建造物である嵩山三闕銘や寺院、周公廟の観星台、登封天文台なども含まれる。これらの建築物は9つの王朝に渡って建設されており、天地の中心や信仰の対象としての山の力に対する認識の違いを反映している。登封市の歴史的記念物は宗教や科学、技術、教育に捧げられた中国の古代建造物の最もすぐれた例に含まれる。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

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スリランカの中央高原地帯

Central Highlands of Sri Lanka

スリランカの中央高原地帯はスリランカの島の中央南部に位置している。構成資産として、ピーク自然保護区域、ホートン・プレインズ国立公園、ナックルズ森林保護区域がある。これらの山地型の森林は海抜2500mの高地にあり、絶滅危惧種であるカオムラサキラングール(the
western-purple-faced langur)、ホートンプレインズホソロリス(the Horton Plains slender
loris)、スリランカヒョウなどを含む、極めて多くの種類の動植物の生息地になっている。この地域は超生物多様性ホットスポットと考えられている。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

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タンロン遺跡

Central Sector of the Imperial Citadel of Thang Long - Hanoi

タンロン遺跡の王城は11世紀に李王朝によって築かれたものであり、大越の独立を示すものである。紅河のハノイのデルタ地帯を埋め立てた干拓地の上に7世紀に建てられた、中国の要塞跡の上に建設されている。13世紀の間絶えることなくこの地域の政治的権力の中心であり続けた。北は中国、南はチャンパ王国の影響がある交差点に位置していることから、紅河渓谷下流に特徴的な、独特の東南アジア文化が生まれたのであり、タンロンの王城の建築と18のホアン・ディエウ遺跡がそれを反映している。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

ユネスコ世界遺産センターのページ
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大韓民国の歴史的村落:河回村と良洞村

Historic Villages of Korea: Hahoe and Yangdong

河回村と良洞村は14〜15世紀に成立した、韓国の中でも最も代表的な伝統的部族村と考えられている。森林に覆われた山々に囲われ、川に面し、開放的な農地を有するというこれらの村のレイアウトと立地は、李氏朝鮮初期の特徴的な貴族的儒教文化を反映している。村は物理的、精神的な栄養を周囲の環境から供給する立地になっている。村は長となる家族や、丸太を利用した他の部族のメンバーによる家、楼閣、学び舎、儒教学校、土壁と藁葺き屋根による一般の人々のための住宅の一団が含まれている。楼閣や静養所から眺める村の周囲の山や木々、水は17世紀、18世紀の詩人たちによってその美しさが讃えられている。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

ユネスコ世界遺産センターのページ
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タブリーズの歴史的な複合バザール

Tabriz Historic Bazaar Complex

タブリーズは古代より文化的交流の地となっており、その歴史的なバザール複合体は最も重要なシルクロードの商業センターの1つであった。タブリーズの歴史的複合バザールは、相互に連結し、覆われた、煉瓦建造物、建築、様々な機能を有するスペースによる一連のまとまりによって構成されている。タブリーズとそのバザールは13世紀にはすでに繁栄して名前が知られており、そのときにはアゼルバイジャンの東の地域にあったこの街はサファヴィー朝の首都となった。16世紀には首都としての地位が失われたが、18世紀の末のオスマン朝の拡大までは商業の拠点として依然として重要な街であった。イランの伝統的な商業、文化システムを最も包括的に示す例の一つと考えられている。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

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アルダビールのシャイフ・サフィーアッディーン廟とアンサンブル神殿

Sheikh Safi al-din Khānegāh and Shrine Ensemble in Ardabil

アルダビールのシャイフ・サフィーアッディーン廟とアンサンブル神殿は16世紀のはじめから18世紀に建てられており、スーフィーの精神への回帰から、イランの伝統的な建築の形式を採用している。建設者は限られたスペースを、多くの機能が含まれるように最大限活用しており、図書館、モスク、学校、霊廟、貯水槽、調理場、パン工房やいくつかの仕事場などが含まれている。遺産にはファイフの霊廟へ通じる道も含まれている。道はスーフィーの神秘主義の7段階を表す7つの段に分けられており、スーフィーの8の態度を示す8つの門で区切られている。またこの遺産にはファサードや豪華に装飾されたインテリア、優れた骨董品のコレクションも含まれている。これらは中世イスラム建築の要素を凝縮した希少な例となっている。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

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ジャイプルのジャンタルマンタル(ジャイプルの天文台)

Jantar Mantar

ジャイプルのジャンタルマンタルは18世紀に建てられた天体観測のための遺跡である。およそ20の修復された装置のセットが含まれている。これらは知られている装置を石造で作成した記念碑的な例であるが、多くの場合独特の特徴を備えている。天体の位置を肉眼で観察するためにデザインされており、いくつかの建築的、装置的な技術革新を体現している。ジャンタルマンタルはインドの歴史的天文台の中で最も重要で、総合的であり、かつよく残存しているものである。ムガル朝末期の王宮の学者王子の天文技術と宇宙観を示している。

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オーストラリアの囚人遺跡群

Australian Convict Sites

オーストラリアの囚人遺跡群は18世紀から19世紀に、オーストラリアの地で大英帝国によって建てられた何千もの刑場遺跡から、11の刑場を選んで登録された世界遺産である。主にシドニー付近とタスマニア、ノーフォーク島とフレマントル付近の肥沃な細長い海岸線に位置しており、アボリジニの人々がそこに移住するよう強制された。何万もの男女、子供がイギリスの判事によって強制的に囚人収容所に送られ、居住していた。懲罰的な投獄と収容所を建設するための強制労働者への更正という点によって、刑場にはそれぞれ特別な役割があった。この遺産は大規模な囚人の移送と、強制労働者を用いたヨーロッパ勢力による植民地拡大の、現存する最も優れた証拠と考えられている。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳(一部意訳)。ミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

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ツライフの要塞

At-Turaif District in ad-Dir'iyah

ツライフ要塞はサウジ・アラビア王朝の最初の首都がおかれた場所であり、アラビア半島の中央部、リヤードの北西に位置している。15世紀に建設されており、アラビア半島中央部に特徴的なナジュドの建築様式が取り入れられている。18世紀から19世紀初頭にはその政治的、宗教的な役割は増加し、ツライフの要塞はサウジ王家の世俗的権力、ワッハーブ派によるイスラム教の改革運動の中心となっていた。この世界遺産にはディリヤ・オアシスの縁辺に建設された多くの王宮や都市も含まれている。

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パパハナウモクアケア

パパハナウモクアケアは海抜の低い小さな島々と環礁が線状に並んだ、広大で独立した群島とその周辺の海域である。ハワイの主要な群島から北西約250kmのところに位置しており、長さは1931km以上もある。この地域はハワイの原住民にとって、宇宙論的にも、歴史的にも極めて重要である。それは、人々と自然とのつながりに関するハワイ原住民の概念を具体化しているものであり、生命が生まれるところであり、そして死後魂が帰っていく場所である。群島の中のニホアとマクマナマナにはヨーロッパ人来訪以前の住居や生活に関する考古学的遺跡が残っている。広大なサンゴ礁やラグーンに恵まれ、海山と呼ばれる深海の山々も存在する。世界で最も広大な海洋保護区でもある。

(ユネスコ世界遺産センターに記載されている文の和訳。大きなミスがある場合はご指摘いただけるとありがたいです)

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ビキニ環礁

第2次世界大戦の傷跡がまだ癒えず、世界が冷戦へと向かいつつあった時期に、アメリカ合衆国は太平洋のマーシャル諸島にあるビキニ環礁で核実験を開始する決断を下した。この地域に住んでいた人々を移住させた後、1946年から1958年の間に67回の核実験を実施した。

最初の実験は1946年のクロスロード作戦である。71隻の艦艇を標的とした実験であり、第2次大戦後接収した日本やドイツの艦艇も標的となっていた。空中での爆破実験と水中での爆破実験が行われており、水中爆発では1600mに及ぶ水柱があがっている。この時沈没した船は今もラグーンの底に残っている。


1954年に行われた水爆の実験は、キャッスル作戦と呼ばれている。原子爆弾1000個分の威力を持つ水爆実験によって、直径約2キロメートル、深さ73メートルの巨大なクレーターが形成された。このクレーターはこの実験のコード名「ブラボー」から「ブラボー・クレーター」とも呼ばれている。

この実験の際、日本のマグロ漁船第五福竜丸を含む1000隻以上の漁船が死の灰を浴びて被爆している。また約240km離れたロンゲラップ環礁にも死の灰が降り、島民が被爆している。

水素爆弾が実戦で使用されたことは、幸いにしてまだない。しかしながらアメリカ合衆国、ロシア、イギリス、フランス、中国を筆頭に核兵器の保有は現在もなお続いている。

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2010年8月9日月曜日

ウルル・カタ・ジュタ国立公園


ウルル・カタ・ジュタ国立公園は、エアーズロックとも呼ばれる一枚岩「ウルル」と、同様に岩石の山である「カタ・ジュタ」(オルガ山)の2つを中心としている。オーストラリアのノーザンテリトリーにあり、オーストラリアのほぼ中心に位置している。

「大地のヘソ」もしくは「地球のヘソ」と呼ばれるウルルは、以前は「エアーズロック」という名称で呼ばれており、現在でも後者の方が有名な印象を受ける。「エアーズロック」はオーストラリアの植民地時代の総督ヘンリー・エアーズの名前からつけられた。「ウルル」という名称はアボリジニによるもので、現在ではこちらが正式な名称である。「ウルル」はアボリジニの聖地でもあり、所有権もアボリジニの組織にある。

「ウルル」はgoogle mapの航空写真で見ると、そのスケールの大きさがわかる。周囲の平地との比高は335m、周囲は9.4kmもあるのだが、実は地表面にでているのは全体の5%といわれているから驚きである。なお「ウルル」は世界で二番目に大きい一枚岩であり、一番ではない(一番はマウント・オーガスタスであり、同じくオーストラリアにある)。雨や風などの浸食を受け、約7000万年前には現在の形になったといわれている。

大きな地図で見る

ウルルはアボリジニの聖地でもあり、アボリジニが残した壁画が見られるなど、文化的な価値も高い。
朝夕の光に包まれた赤色のウルルの絶景を見ることも一つの楽しみ方だが、実際に山に登ることができる。しかし、杭を打って鎖をつないだ登山路がつくられており、そこに観光客が上っていくことを快くおもっていないアボリジニもいると聞く。また転落による事故もあることから、悪天候の際は上ることができない。アボリジニの儀式が行われる時も、登頂は許されていない。アボリジニへの配慮から、ウルルへの登頂が禁止になるという話も出ている。

ただのでっかい岩だ、ということもできるかもしれない。しかし、想像を超えた、その途方もない大きさは、人々を感動させるのに十分である。なぜ人はとてつもなく大きいものに感動するのだろうか。その答えは今わからないが、とにかく圧倒されてしまう。

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2010年8月1日日曜日

ヘッド・スマッシュト・イン・バッファロー・ジャンプ


ヘッド・スマッシュト・イン・バッファロー・ジャンプは、奇妙な名前だが、立派な世界遺産である。アルバータ州の南西部、カルガリーの南東、ポーキュパインの丘に位置する、紀元前3500年以上前からアメリカ先住民が利用していた野牛のバッファロー(正式にはアメリカン・バイソン)の狩猟場跡。

幅300m、高さ18mの崖があり、崖の西には広大な草原地帯が広がっている。この草原に生息していたバッファローを崖へと通じる道(ドライブ・レーンと呼ばれる)へと追い込み、崖から落として捕まえていた。ドライブ・レーンには意思による道標があり、崖の周囲には火を焚いていた痕跡が認められる。崖下で動けなくなったバッファローを解体し、肉は食料に、骨や毛皮は生活用具や衣服に利用された。

こうしたバッファローの狩猟方法は、他の北アメリカ地域でも利用されていたと考えられているが、ヘッド・スマッシュト・イン・バッファロー・ジャンプはその中でも特に規模が大きく、崖下に残っている骨は多いところでは11mも堆積している。骨とともに木づち、やじり、鍬などの道具も発見されている。アメリカ先住民のブラックフット族は、この崖を「血に染まった深い淵」と呼んでおり、狩猟は19世紀頃まで続いていたと言われている。

崖の近くには、資料館があり、ブラック・フット族の末裔達により、当時の生活や狩猟の様子が再現されたイベントが催されている。

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